いちばん好きな掃除道具

たわしの良いところは、レスポンスの良さに尽きます。細かいポイントを突きたいとき、たとえば「ボウルの網のこの部分」「シンクの角のここ」といった、細かく場所をねらってやりたいことがあるときに、ストレートにそれを達成してくれます。

「レスポンス…(なに言ってるのかしら)」とお思いかもしれません。仮にスポンジだった場合、やりたいことができない、すなわち「この場所の油よごれをおとしたい(のに落ちてない)」となったとき、①スポンジにどれくらい水を含ませたか、②スポンジに含ませた洗剤の量は適切か、③スポンジの新しさは十分か(スポンジの角はとがっているか)、④スポンジの持つとこちゃんと自分はつかめてるか、⑤単に泡立てが足りなかったのでは…など、ざっとこれだけの検討事項が発生し得ます。
それにくらべたわしの場合、①まずねらった角にたわしが届かないことが少ない、②だめだったとして、あと2~3回こすれば問題は大抵解消されている、この「試行する、良い結果が来る」の経験が積み重なっていくと、たわしへの信頼感が醸成されない方がむずかしくなってきます。

自分の場合、たわしがいちばん活躍するのはおコメの「おひつ」と「羽釜(はがま)」を洗うときです。どちらも匂い移りをきらうため、食器洗剤はほぼ使用できません。必然、たわしの洗浄力に頼る部分が大きくなります。羽釜は水に30分ひたせば、固くくっついたごはん粒も軽い力ですっきりと流すことができます(スポンジでもできるかもしれません)。
問題はおひつです。もしたわしがこの世になかったら、私はきっとこの店で、ごはんの管理をおひつでやり切る自信がありません。いくら「おひつで管理した方が、絶対おいしいんだよ♡」と厨房の妖精がささやいたとしても、きっとむずかしい。
金属製の羽釜とちがいおひつはやわらかい木製です。木に水分を含ませすぎたくないため、洗うときでもおひつを何十分も水に漬けっ放しには、あまりしたくない。そうすると程よくガシガシやる必要も出てくるため、おひつの内側に付いたごはんをきれいにできる方法はかなり限られてきます。
ここでたわしの特筆すべき第二の特性「かたくて、やわらかい二面性」が重宝します。ご飯粒はとりたいからある程度かたくいてほしい。でも、おひつの木は守りたいからある程度やわらかくいてほしい。スポンジだとやわすぎ、かなだわしはかたすぎ、たわしはほんとにちょうど良い。

私が好きなのは、長辺12センチ程度、片手よりやや大き目のサイズです。音楽の授業で「猫の手のかたちで、たまごを軽くにぎるように鍵盤に手をおきなさい」とピアノを前に習ったことがあるかもしれません。ちょうどそのように、やわらかくたわしをにぎりましょう。親指は側面に添え、他の指は少し立て気味を意識してたわし全体をやさしく保持しましょう。長く続けると、関節を痛めることがあるかもしれませんので、流す水の勢いにさからわないよう手首をやわらかめに腕全体の円運動を意識して洗います。
ご飯粒を見ながらおひつの内側全体を、洗い残しのないよう面で埋めていくイメージをもつことが大事です。壁にペンキを塗るのに、塗り残しがないよう面を順次埋めていく感覚に近いでしょうか。

毎夜そのように大切に育てたたわしも、あるときを境に次第に洗う力を失っていくものです。毛の長さは短く、毛の固さは不十分になっていきます。そしてある日、新しいものに交換するわけです。それまで愛着をもって育ててきた分、なんともしのびない気持ちになります。最初は、あんなに固すぎたのに、そのうち慣れてちょうどよい固さになって、いろんなお皿や道具をじょうずに洗ってくれたよなあ…。長いですか?では、このへんで失礼いたします。

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